美味しいサイエンス
はじめに
食の好みは人それぞれですが、誰でも食べて美味しいものってありますよね 。“美味しい” っていう感情を生み出す要因には、口に入れた時の触感(歯ごたえ、舌触り、喉越し)や、味覚(甘味、塩味、酸味、苦み、うま味)や香りがあります。触感は、物理的な要因ですし、味覚や香りは、化学的要因でしょう。他にも、“気分”や“環境”という数値化するのが困難な心理的要因もあります。
ここでは 、“美味しい” っていう誰もが幸せになれる感情に、科学のスポットライトを浴びせます。
物理的要因
スーパーで、お肉売り場に行くと牛肉や鶏肉、豚肉コーナーであることが多いですが、筋肉という観点でみると魚やエビなどの魚介類もお肉の仲間です。 お肉は、部位よって触感や色など様々な特徴を持っています。鶏肉ひとつを例にとっても、もも肉、胸肉、はつ(心臓)、腸など味はもとより、噛んだ時の触感が大きく異なり下表のように分類分けされます。
川端晶子編著 「食品とテクスチャ」光琳2003より
この触感に違いをもたらしている要因こそ筋肉自体の構造なんですね。筋肉の構造については、様々な研究が行われており、下図に示すような階層構造になっていることがわかっています。
骨格筋は、筋線維と呼ばれる多核細胞が束となった筋束から構成され、さらに筋線維は、筋原線維の束からなり、筋原線維は、収縮の最小単位である筋節が直列に並んだ構造をとります。 筋節は、Z膜と呼ばれるタンパク質の壁で周期的に仕切られており、その筋節長は、部位や動物の種類により様々な長さをとります。 例えば、頑丈な構造している心臓の筋肉のZ膜は、骨格筋と比べて2~3倍太いことがしられています(Akiyama N (2006) J Physiol Sci 56:145-151 )。 焼き鳥も、もも肉よりハツ(心筋)の方がコリコリして硬いですよね!
この筋節内は、主にアクチンというタンパク質で構成された細いフィラメントと、主にミオシンと呼ばれるタンパク質で構成される太いフィラメントが六角格子状に配列した構造をとっています。 筋肉の収縮は、このアクチンとミオシンがATPというエネルギーを使って、相互作用することで起こると知られています。例えば、死んでしまうとエネルギー源のATPが無くなりアクチンとミオシンは、ガッチリくっついてしまい動かなくなってしまいます。これが死後硬直ですね。
化学的要因
筋肉を食べるとき、ほとんどの場合、死後状態の筋肉を食べるかと思いますが、筋肉の種類や食べ方で大きく変わってきます。 たとえば、日本人に馴染みの深いお魚のお刺身は、釣ったばかりの魚を上手く絞めて、お刺身で頂くとコリコリとした身の引き締まった歯ごたえと甘みを感じます。この甘みは筋肉の中のグルコーゲンという糖類が含まれるからです。 一方、動物のお肉もお刺身で食べるときは、絞め方と鮮度が重要となりますが、多くの場合は、安全衛生上、火を通して食べることが多いかと思います。
動物のお肉を加熱して食べる場合、死後硬直後は、PHも低く保水性も少ないため煮ても焼いても硬くて美味しくないと感じる場合が多いようです。このため、動物の筋肉では熟成という過程を通して、筋肉を柔らかくして美味しくする方法があります。 筋肉が柔らかくなるメカニズムには、以下のようなことが考えられています。 ①筋原線維の構造であるZ膜の崩壊 ⇒死後硬直時の収縮でZ膜が常に引っ張られ筋節が崩れてくる ⇒Caの作用で生じるカルパイン酵素の影響でZ膜が消化される ②アクチン・ミオシン間結合とコネクチンの脆弱化 ⇒死後硬直後のCa作用で、アクチンとミオシンの結合が弱まる 熟成では少し異なりますが、酵素で筋肉が柔らかくなる料理の例として、酢豚があります。酢豚はパイナップルのパパイン酵素がミオシンの頭を切断する働きがあることが知られていて、筋肉を柔らかくするの一役買っています。 昔から酢豚に入っているパイナップルが嫌いでしたが、サイエンスの香りがすると美味しそうに感じるから面白いものです。